旅しながら盆踊りを踊ってる人として紹介されることが最近多い


旅しながら盆踊りを踊ってる人として紹介されることが最近多い。
決して間違ってはいないんだけど、芯を外してる感じがしてモヤモヤする。
僕は盆踊りに魅了されているけど、踊ること自体をあまり目的としていない。
僕の中で「踊る」ということの割合は多分10%くらいだ。

では、何を目的にしているかというと、一番目には圧倒的なクオリティの雷に打たれに行っている。次に唄の収集。次に地域の人とのコミュニケーション。
この3つが大半を占める。
それぞれ説明する。

クオリティの雷について。
僕の人生で初めてのクオリティの雷に打たれたのは小学生の頃に初めて聞いたリンダリンダだ。人生に退屈しきっていた僕は、カセットテープから流れたリンダリンダの唄声一発で持っていかれた。
それから40歳くらいまで一度も雷に合わなかった。
それが盆踊りに出会って、急に雷が次々に落ちるようになった。あのときのリンダリンダと同等かそれ以上のやつだ。
僕は山奥に車を走らせて雷に打たれに行っている。車一台分くらいの幅の山道を4時間ぶっ飛ばして。
僕は車内で女の子に会いにいく中学生みたいにウキウキしている。とんでもなくエキサイティングだ。40過ぎてお宝の山が見つかるとは予想もしていなかった。とてもラッキーなことだと思う。

唄の収集について。
これは僕が唄い手なので、自分の中に入れる唄を探している。
できるだけぶっ飛んだクオリティのやつを。
自分が音頭を取るときに唄う唄とか、何かのときに口ずさむ唄とか。これがあると、人生がより楽しくなる。
感情が高ぶっているときとか、悲しい別れのときとか、なにも言葉にならないときは唄えばいいと思う。できればみんなで一緒に。我々のご先祖はそうやって乗り越えてきたんだ。

地域の人とのコミュニケーションについて。
もともと僕が地方を回り始めたのは、次世代によりよい世界を手渡すためにどう動けばいいかというのを探すためだ。盆踊りはその延長線上にあった。
いま丁度、各地で最後の伝承が行われていて、お年寄りの世代から団塊ジュニアの世代に引き継ごうとしているが、大抵はスムーズにいっていない。
高度成長期に起きた文化の放棄がそれを非常に困難にしている。
僕もなにか力になれないかと思っていて、他の地域の情報を提供したりしているが、一度放棄された質はなかなか戻ってこない。
この団塊ジュニア世代が非常に面白くて、新しい生き方を模索している人がたくさんいる。
都市部でグローバルな視点やビジネススキルを身につけた人たちが、地方で新天地を見つけて、より自由で、より先進的で持続可能な暮らしを手探りで作っていっている。
交通の便は悪いが文化と自然の豊富な土地で、国を作るみたいに、経済圏を作り、ブランディングをして、ネットなどいろいろなものを駆使して生きていて、子どもたちは自然の中を生き生きと走り回っている。
そういうのは非常に勉強になる。

他にも唄の分布とか、他の地域との差異とか、歴史とか、信仰とか、気になる部分は色々ある。
盆踊りは、かなり幅広く膨大でキリがない。唄も踊りもほんのちょっと違うものが無数にあって、それも毎年少しずつ変わっていく。キリがないから研究者も研究の対象にしない。多くの盆踊りが手つかずだ。そこがまた面白い。何が出てくるかわからない。

盆踊りっていうのは唄が中心にある。
いろいろな形があるけど、その土地の唄の名手の唄声と、その土地の踊り手の返しの声が紡がれて一つの唄になって、それに手拍子とか、下駄の音なんかが重なって、リアルタイムで段々と盆踊りができあがっていく。
その土地の風景や町並み、匂い、自然の音、歴史そういったものが背景となって。
同じ場所で数百年繰り返されることで、故人の面影とともに踊ることができる。ご先祖のご先祖、そのまたご先祖と一緒に踊ることができる。
時間をかけて、一年一年地層みたいにしっとりと積み上がっていく。
僕はそういったものを前にすると圧倒されて言葉がなくなる。
自分が悩んでいる小事が馬鹿馬鹿しくなる。
自分がカスみたいに思えてくる。
ただただ浸ることしかできない。
一緒に大声を出して、一緒にステップを踏んで、浸る。
僕には輪に入ると必ず思い出す故人がいて、その人達とともに唄い、ともに踊る。 今年もまた参加できることに感謝して。
人は簡単に死ぬし、盆踊りも簡単に死ぬ。
限界集落では、現地の人よりも帰省する人のほうが数が多くて、唄と踊りが染み込んでいる人たちが一年に一回、一夜だけ集まって、ワッと踊って去っていく奇跡みたいな儀式となる。
とても美しく、とても儚い。
また元気で。来年も会えるといいねと言って会場を後にする。